2019.05.12

テレビ出演3

 最初の週は、そのままの状態でカメラ取りですが、一週終わったら、病院の先生に電話で、お話しして、診てもらうということになりました。予約しても、数ヶ月待たされるという人気の先生で、その名医に、レントゲンの写真とか、別の病院で撮ったのを前もって送って、電話のその日に診てもらうという、ことになりました。その後が、どのように変わるか、というのが重要な点になってきました。

 

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2019.05.01

テレビ出演2

それで、その後メールなどいただいて、出演料のようなものもいただけるということで、ではOKということで了解して、うちの妻も参加することに、なりました。ちょうど、海外に行くための経済を神に求め祈っていたところでしたので、こういう形でも神が経済を与えてくださることを感謝して、バイトのつもりでお話を受けたという感じです。あくまで、私の妻の話ですが、なんとカメラが3台もうちに取り付けられ、監視されるような感じで、4台目では、私がスイッチを入れて撮るみたいな状態で、私が協力させられる感じになりました。でも、全国版のテレビで、お金までもらえるとあれば、文句も言えず、神をたたえつつ、ハレルヤで協力となりました。

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2019.04.30

テレビ出演1

 急に、テレビの話になります。ヨーロッパ宣教の話は、まだまだ続くのですが、なんと、テレビに出ることになったので、急遽、そちらの証に切り替えです。ヨーロッパのお話はまた後でですね。

 ある日、電話が、かかってきました。なんの前ぶれなく、「ゴスペルクラブの方ですか」ということでしたが、「はい、そうです」と答えると、「テレビ朝日のたけしの家庭の医学という番組で。」ということで、「ゴスペルクラブの方々が20代から80代の方が、参加しているとインンターネットの記事で見ましたが、・・・」「便秘症の方を番組の方で探しているんですが、50代から70代の方で、ご紹介願いたい」というような電話でした。「ああ、私の妻も、そうなので。では、他にも、聞いてみます。」ということで、知り合いの方から他にも2名ほどお話して、番組の方に紹介しました。(続く)

 

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2019.04.29

祈りの力102

ルーマニアに行った結果、リバイバルが起こっているそのルーマニアを見ることができたのです。イリエさんたちと親しくしていただいて、孤児院にボランティア・スタッフとして、数ヶ月ルーマニアに滞在する道が開かれたのです。そして、よく考えてみると、中学時代、教会に行き始めて、体操部だった彼女は、その当時、金メダリスト、活躍していたコマネチに、憧れて、ルーマニアに行きコマネチに会いたいと思っていたことがあったのです。コマネチには会えませんでしたが、ルーマニアに行きたいという、願いを、神は叶えてくださったのです。ちょうど私は、その時、アメリカに数ヶ月牧師として、ロサンゼルスに遣わされていました。そして、日本に帰ってきた時、ハンナもルーマニアから4ヶ月の奉仕を終えて2・3日違いで、東京の教会に戻ってきました。その一年後、私たちは結婚に導かれました。

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祈りの力101

私の妻、ハンナは、冬のルーマニアに遣わされて4ヶ月滞在しました。彼女は、東ヨーロッパなんて、全く重荷は、ありませんでしたが、私と同じアジアの国に重荷がありました。短期宣教チームに加わって、カンボジアに行こうと予定していたのですが、たまたま、その時カンボジアは、危険になり、チームが、行かなくなったのです。主のストップでした。その代わりに、ルーマニアチームに加わることが導かれました。まるで、パウロが、アジアに行こうとしていたのを止められて、ピリピ(ヨーロッパ)に行ったみたいですね。しかし、それが、特別な御心でした。

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2019.04.25

祈りの力100

 その後、日本チームは、宣教においていろんな勝利を見て日本に帰ってきます。その後、今度は、ハンナが、ルーマニアの孤児院に、4ヶ月ほどお手伝いに行くということになりました。1992年から93年にかけてのお話です。予定では、半年でしたが、中期宣教師という感じですね。もう一人の日本人の方と、二人でのご奉仕でしたが、ほんとよく行ったなと、今、私も思います。孤児が、たくさんいたんですね、共産主義から解放された後のルーマニアは。ですから、全く不可能に見えた、東ヨーロッパの宣教は、短期宣教、中期宣教という形で、実現していったのです。

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2019.04.19

祈りの力99

最初のルーマニアチームには、ハンナは入ってませんでしたが、ハンナがいったチームは、二つ目か三っつ目のチームだったそうです。そして、たくさんの方々が、日本から来たチームのお話を聞き、また、主の栄光が現されたということでした。チームでは、二人の通訳がたつので、あるルーマニアで用いられた器の方は、ルーマニア人は、二人も通訳が立つと、話を聞かない、といったそうです。しかし、行ってみると教会に、立ち見が出るほど、たくさんの人々が集まり、熱心にみなさん聞いてくださったそうです。そして、何度も、集会のメッセージや、証の奉仕を、頼まれたということで、夜遅くても3時間4時間ぶっ続け、立ち続けで、聞いている感じだったそうです。リバイバルが起き、聖霊が働いていたのですね。人々が神に対して、熱心になっていたのです。神が、その奉仕を導いて下さり、成功させてくださったのです。

 

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